偉そうなことをいうつもりはないが、日本人は「文化」というものを誤解しているのではないかと思う。
逆に、文化というのは生活のことであるといいかえたほうがわかりやすい。
日常の生活自体が文化なのだ。
日本人は非日常的、日常茶飯でないことがわりと好きで、レストランなどに行って外食をしたりして金を使う。
しかし、もっと日常茶飯のことを大切にするということが、住まいすなわち生活を大切にするということではなかろうか、日常の生活が即ち文化である。
いまでもあまり笑えない話なのだが、もうかなり以前、文化とは何かということをいろいろ考えてみて、ふと思いたって「広辞林」を引いてみたことがある。
すると、なんとそこには「文化一西洋かぶれをすること」と書かれていた。
なるほどと痛く感じた。
しかし、そうであってはならない。
いまはどんな家でも手に入る時代である。
土地と金さえ用意してもらえれば、月の世界にも家の建つ時代である。
だからこそ、どんな住まい方、どんな家族の生活を築くのかで、すべて決まってしまうのだ。
家は広ければよいというものではない。
狭ければ狭いなりに住めばよい。
そこに住まいの工夫が生まれる。
人によって、生活によって、家族によってそれは異なるが、要は当に適った広さがあれば十分であるということだ。
ピアノを買ったからといって、すぐそこに音楽があるというものではない。
そのピアノをどう奏でるか、何を演奏するかを考えるときにきた。
自分の演奏のへタさ加減を棚に上げてピアノの文句ばかりを言っていると、それこそ文化が果ててしまうだろう。
別役実さんの戯曲の中に「男は一本の樹と一軒の家と一人の息子をもたなくてはならない」という言葉がある。
その言葉に従ったわけではないが、伜が生まれた時に、岳父が、庭にケヤキの木を一本植えてくれた。
そのころ4、5メートルだったが、30年を過ぎて、いまでは15メートルを超える大きな木となり、最近はランドマークとなって、拙宅を教える時には「大きなケヤキのある家」と伝えるほどである。
私どももこのケヤキの成長を見てきたが、彼も私の家族と住まいの成長を見てきた。
夏は緑陰をこしらえてくれる。
樹の下を抜ける風が涼しい。
文字どおりこのケヤキのおかげだが、数年前から冷房装置を取りはずしてしまった。
電力代が高騰したこともあるが、このケヤキの効果を再確認した。
冬はすっかり葉も落ち、太陽も低くなるから、ひと抱えはある太い幹の影だけが家の中に投ずるだけで、陽当たりはきわめてよい。
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